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最高裁判所第三小法廷 昭和50年(オ)1054号 判決 1976年10月26日

主文

理由

上告代理人鳥生忠佑、同梓沢和幸の上告理由について

原判決は、被上告人は、訴外株式会社ビ・エム・ストール(以下「訴外会社」という。)の代表取締役であつたところ、訴外会社を代表して、訴外有限会社日興重機(以下「日興重機」という。)に対し、信用を供与する目的で、第一審判決添付の「約束手形割引明細表」記載番号1ないし9の約束手形九通(以下「1手形」ないし「9手形」という。)を、同表振出月日欄記載の日に各振り出したこと、上告人は日興重機の求めに応じて右各手形を割り引き、同表交付月日欄記載の日に交付金欄記載の金員(合計三〇五万五七五〇円)を各交付したこと、日興重機は昭和四六年七月倒産し、訴外会社も同年九月末ころ倒産したため、上告人は、本件各手形金の支払を受けることができず、割引金として日興重機に交付した右三〇五万五七五〇円相当の損害を受けたことをそれぞれ認定したうえ、(1)訴外会社は、日興重機から、振出日欄白地の小切手五通(金額合計一〇五万円)、満期昭和四六年七月二〇日から昭和四七年一月三一日までの約束手形二三通(金額合計三六八万四八七五円)、満期昭和四七年二月二八日から昭和四八年一月三一日までの約束手形九通(金額合計一〇四万五三五〇円)の各振出を受け、また、訴外小湊建設株式会社(以下「小湊建設」という。)から、振出日、金額欄ともに白地の小切手一通、昭和四六年七月一三日から同年九月二五日までに振出の小切手六通(金額合計五〇〇万円)、満期昭和四六年六月一三日から同年一〇月一三日までの約束手形(金額合計三二八万円)の各振出を受けて、これらの小切手及び約束手形を所持している、(2)日興重機は、倒産した訴外合資会社佐藤機械製作所の第二会社として昭和四四年四月設立され、土木機械の修理販売業等を営み、資本金五〇万円で、年商約六〇〇〇万円、純益は三割であつたが、右倒産した佐藤機械製作所の債務約一億円を引き受けていたため、その経営は困難であつて、右引受債務支払のために振り出していた手形の決済に窮し、前記のとおり、昭和四六年七月末に倒産するに至つた、しかしながら、上告人は、日興重機の代表取締役鈴木清次郎から、日興重機は年商六〇〇〇万円で年間約一八〇〇万円の純益があると聞いてその言を信じ、右多額の引受債務があることを知らなかつたため、日興重機が倒産するとは予想していなかつた、(3)訴外会社と小湊建設とは、昭和四五年初めころ、共同で土地を購入したうえその造成をする事業計画をたて、同年末ころ、訴外会社は、右土地購入及び造成資金にあてるため金額合計約一〇〇〇万円の約束手形又は現金を小湊建設に貸与したが、小湊建設は、約束に反して右資金を他に流用し、予定された土地の購入をしないまま前記のとおり昭和四六年六月ころ倒産するに至つた、しかしながら、上告人は、小湊建設の代表取締役小湊静海から、その自宅が二〇〇〇万円以上の価値があり、川崎信用金庫からも融資を受けることができると聞かされてその言を信じ、また小湊建設の経理内容をよく知らなかつたため、同会社が倒産することを予想していなかつた、との事情を認定し、以上の事実に照らすと、1手形ないし9手形が振り出された当時、被上告人において、日興重機又は小湊建設が訴外会社に対して振り出した前記小切手及び約束手形は右両会社によつて決済されるべく、したがつて訴外会社の資金繰りにも余裕が生じ、1手形ないし9手形の手形金の支払をすることができると信じたことには過失が認められないとして、上告人の、商法二六六条ノ三第一項又は民法七〇九条に基づく、本件損害賠償請求を棄却しているのである。

右原審の認定のうち、被上告人が、1手形ないし6手形を振り出した当時、日興重機及び小湊建設のいずれについてもその倒産を予想せず、また7手形及び8手形を振り出した当時においては、小湊建設は既に倒産していたが日興重機の倒産を予想しなかつたため、訴外会社は、右両会社が振り出した前記小切手及び約束手形についてその支払を受けることができ、右支払を受けることができれば1手形ないし8手形の手形金を支払うことができると信じ、被上告人がそのように信ずるについては、前記(1)ないし(3)のような事情があるとした認定部分は、原判決挙示の証拠に照らし、正当として是認しえないものではなく、右事実関係のもとにおいては、1手形ないし8手形を振り出したことに関し、被上告人に商法二六六条ノ三第一項前段にいう取締役の職務を行うについて重大な過失があつたとはいえず、また、右各手形を取得した者が手形金の支払を受けられないことによつて損失を被むることがないと考えていたことにつき被上告人に過失があつたともいえないと解するのが、相当である。右の部分に関する原審の判断は正当であり、原判決に所論の違法はなく、論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難することに帰し、採用することができない。

しかし、原審の確定するところによれば、9手形が振り出されたのは、昭和四六年八月二〇日であり、小湊建設はもとより日興重機も既に倒産したのちのことであることが明らかであるところ、既に倒産した会社に対し会社を代表して信用供与の目的で約束手形を振り出した代表取締役には、それが倒産会社によつて確実に決済されることを期待することができるような特別の事情がない以上、商法二六六条ノ三第一項前段にいう取締役の職務を行うについて重大な過失があるといわなければならない。それにもかかわらず、原判決が、右特別の事情のあることを認定することなく、9手形振出に関し、被上告人に右重大な過失があるとは認められないとしたのは、経験則に照らして是認することができないものというべく、右違法は原判決中この部分の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決はこの点において破棄を免れない。

よつて、主文第一項掲記の部分につき原判決を破棄し、前示の点につき更に審理を尽くさせるため、右部分を東京高等裁判所に差し戻すこととし、その余の部分に対する上告を棄却する。

(裁判長裁判官 天野武一 裁判官 江里口清雄 裁判官 高辻正己 裁判官 服部高顕 裁判官 環 昌一)

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